十字架とは犯罪人が死刑に処せられる道具です。紀元1世紀のローマ帝国ではこの十字架刑が一般的に行われていました。
イエス様は、罪のない人間としてクリスマスに生まれた神の子です。
神の子なので、その言葉にもその行動にも人間にはない力がありました。
イエス様の教えを聞いた人たちは、その言葉に従いたいと思うようになりました。
イエス様はそんな権威を持っている神の子でした。また病人をいやし、貧し人を豊かにし、
何よりも、心にたくさんの不安を持っている人々に元気を与えました。
しかし、そんなイエス様をねたむ人々が現れました。特に聖書の教えを解説している学者たちが
イエス様をねたみました。そのねたみはやがてイエス様を殺そうという思いに変わっていきました。
彼らは権力者たちをも巻き込んで、イエス様に嘘の罪を押し付け、十字架につけようとたくらみました。
こうしてイエス様は十字架につけられて死んだのです。イエス様の十字架の死にはどんな意味があったのでしょうか。
罪のない神の子が、どうしてこのような人間のたくらみの犠牲になって死んだのでしょうか。
そこには神様の御計画がありました。それは、罪のない神の子が人間のねたみや醜い心を全部引き受け、
それを償うために死ぬというご計画でした。
イエス様が私たちのねたみや醜い心を全部引き受けて、十字架の上で償いの死を遂げてくださった。
これを信じる人には、罪の赦しが与えられます。罪赦された人は、自分の醜い心を全部イエス様にお預けして、
新しい心で生きることができるようなるのです。