感謝をするとはどういうことでしょうか。分かりやすい例は、自分が欲しいと思っていたものが手に入ったとき、わたしたちは嬉しくなってそれを与えてくれた人に感謝します。
でもその逆もあります。わたしたちが計画していた旅行がお父さんの都合でキャンセルになってしまうと、わたしたちはお父さんに不満をぶつけます。
感謝の言葉が口から出てくることはありません。このように考えるならば、感謝するとは、わたしの要求が満足されたときであることがわかります。
しかし聖書は、わたしたちやお友達やお父さんの上におられて、すべてのことを見ておられる神様がいることを教えています。
今わたしの要求が満足されなかったとしても、1年後あるいは2年後に、もっとすばらしい形でその要求が満足されることもあるのです。
神様というお方はそのようにして、わたしを本当に大切な存在として毎日見守ってくださっているのです。
そのような神様がいることを信じるならば、わたしたちはたとえ要求が満足されない日があったとしても、「神様、今日もわたしのことを見守ってくださったことを感謝します」とお祈りをすることができるのです。
日曜学校に来て、この神様がおられることを知ってください。