先日行なわれた自民党の総裁選でキリスト者の総裁が誕生し、日本国の総理大臣になりました。
キリスト者が人口の1パーセントにも満たない国で、キリスト者の総理大臣が誕生したことは画期的なことではないでしょうか。
しかし政治の世界の慣習と神の正義は両立しません。従って大変困難なかじ取りをしなければなりません。
マスコミの評価も否定的なものが多いように感じます。神が私たちの国を深く憐れんでくださり、この国に正義と公正と公平の政治が行われることを祈り願っています。
旧約聖書にはエレミヤという神の言葉を語る預言者が登場します。彼もまた、矛盾が渦巻くユダ王国(今から2600年ほど前のイスラエル)で、神の正義と公正の言葉を語りました。
しかし当時の政治家や一般民衆はその言葉に反発し、彼は思い悩みました。エレミヤは神に語りました。
「わたしが語ろうとすれば、それは嘆きとなり/「不法だ、暴力だ」と叫ばずにはいられません。主の言葉のゆえに、わたしは一日中/恥とそしりを受けねばなりません。」(エレミヤ書20章8節)と。
しかし神はエレミヤを励まし、最後まで神の言葉を語る者として用い続けられました。政治の世界にも共通するものがあるように思います。
正義を貫くことによって、予想をはるかに超える批判を浴びる。しかしその政治家の背後に神がおられるならば、神は必ず神を信じる政治家を力強く支え用いてくださると思うのです。
キリスト者の総理大臣のために日々祈り続けたいと強く思わされています。